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害り 包 と 七爺八爺 大 女子 き 

こんにちは、留川ほちょです。HPも見に来てね!(´∀`)http://hosokawahocho.web.fc2.com/

 

熱が出た。

日曜日から、熱が出た。
39度以上出て、夜も断続的に目が覚めて、本当に辛かった。
昨日は旦那タソが会社を遅刻して病院に付き添ってくれたけど、
嬉しかったけど、申し訳ない気持ちで一杯だった。

多分、土曜日に風邪をひいてる母親と会ったときに
うつったのかなあ~・・・。

高熱が出てるからと、病院でインフルエンザの検査を受けた。
鼻に細長い棒みたいなのを入れられてツンツンされて、
おあぁ・・・(((´Д`)))ってなった

しかしあれだね~。
熱も38度くらいだと、ものすごくしんどいけど、
39度を超えると、もう治ったのかと勘違いするね。
布団からでると「あれ、真っ直ぐ歩けないな~、つか寒いな~」って。
あぶないあぶない。

もう、この冬は絶対風邪をひきたくない!!
ちょっと、スーパーでチューブ生姜を買ってくる!!


なんかね、熱が出てる最中、夢に七爺八爺が出てきた。
でも、どんな夢だったかちっとも覚えてない。
まあまたきてほしいなあ~!!
欲を言うなら、次は元気なときにきてほしいです!!
ホラ、七爺八爺は死者の魂をあの世に連れて行く死神だから、
具合が悪いときに来られると私、
ガチでお迎えがきたのかと、誤解してしまいます!!

あ、いや、ガチのときも
他の無常鬼ではなく、是非七爺八爺に・・・(´∀`*)


そうそう、熱を出すと、決まって台湾生活時代を思い出す。
あれはそう、台湾生活を始めた1、2ヶ月後。
いきなり流行り病のSARSが広まってね~。(;゚;∀;゚;)
その時、台北の新店にある国際学舎という
現地で賃貸部屋を見つけるまで暫定的に泊まる所にいたんですが。
(いや、ずっと住んでる人もいたけどさ。)
SARSが流行ったとき、学校の入り口とか、いたるところで、
体温測定をしてたんですよ。
国際学舎も例外ではなく、出入りするたびに体温を測ってて。

そんな中!!風邪をひいたのです!!(;゚;∀;゚;)
なんか具合悪いなあと思ったら、38度あってさ。
風邪がやばいというより、SARSの疑いで
隔離されたらどうしようという恐怖がすごかったなあ。
そこまで色んな人と交流してたわけじゃないし、
SARSが流行ってから、マスクをつけたり、
携帯用消毒液を持ち歩いたり、とにかく気をつけていて。
絶対風邪だろうとは思ってたけど。
来たばかりの言葉の通じない国でどこかに連れて行かれるのか?!とか
隔離された場所でSARSに感染するとか考えただけで、
私の恐怖はMAXでさあ。

とにかく、「一度宿舎を出たら、入るときに検温でバレる!!」
熱が引くまで宿舎から出られない・・・と思い。
日本から持ってきたパブロンのみでがんばった!!
ポカリスエットみたいなのがほしかったけど、
宿舎の一階に自販機があって、大量購入できた!!
でも、ルームメイトのアメリカ人は、
いきなり同室の人が昼間から寝込んだから、心配してて。
「どうしたの?」と言ってきて。
「眠いねん。」とごまかしたけど。
いつその人が宿舎の人に報告するかも不安で不安で・・・(;゚;∀;゚;)

翌日に熱が引いて。ぴんぴんしてる私を見て、
ルームメイトもホッとしてた感じで。

いや~、本当、恐怖だったよ~。



ところで、ここ最近マッタリとですが、「台湾監獄島」という本を読んだ。
図書館で、なんかすごいタイトルの本が目に付いて。
見ると、政治犯として台湾の緑島に流された著者の自伝で。
台湾の緑島は、世界でも三箇所しかない海底温泉の一つといわれているそうで、
いままでずっと旅行でいってみたかった場所なんですが、
まさか政治犯の収容所だったとは・・・とショックを受けて、読んだ。
日本統治時代に生まれて日本の教育を受けた台湾人の著者は
日本語が堪能というか、本当、日本人以上に日本語で、びっくりです。
この本を読んだら、第二次世界大戦以降の台湾情勢が分かるし、
どうして台湾人のお年寄りが親日でいてくれたのか分かる。
日本統治時代の日本人が、美化されるほどに完璧でなかったことや、
台湾人がそんなに日本を好きじゃなかった事もわかるし、
政治犯として摑まっていたのが外省人(台湾人)だけでなく、
結構大勢の外省人も捕まっていたことも分かったし。
台湾を知ることができて、よかったなあ・・・
あとは・・・著者は元台湾師範大学の学生で、
私も師大の国語中心で中国語を勉強したから、
知ってる地名や大通りの名前が出てきて、
地理を把握しやすかったし、懐かしかった。

この本を読んで、台湾人に対する不思議があった。
台湾人は、本省人、外省人、原住民、客家人を区別しているけど、
本省人と外省人元は同じルーツの漢民族なのに、
どうしてそこまで区別するのかなー・・・??と思ってたんですが。
「有唐山公、無唐山媽」ということわざがあって。
中国大陸から来た祖父はいるけど、祖母はいない、という意味だそうで。

清朝時代に渡台した漢民族は、家族同伴を禁じられてたそうで、
独身で台湾に来た大半が、台湾の原住民と結婚して、
それが今の台湾の本省人の先祖だそうで。

ああなるほどなあ~と思った。


もちろんね、今の台湾の外省人だって、
日本統治時代直後に台湾に入ってきた中国で生まれた外省人と、
その人たちの子供(台湾で生まれ育った)だったら
「台湾」に対する意識は全然違うと思うし、台湾自体、国際化が進んでるから、
そういう区別も時代とともに薄まるかもしれないけど。

こういう事を、直接台湾人の口から聞くのは、なかなか難しいというか。
台湾人さんと今後やりとりする上で知っておくべき知識だと思うけど、
私自身、日本の抱える色々な問題を外国人に好奇心で聞かれると戸惑うだろうし。
日本とはまた違った難しい時代背景がある物事を、
淡々とした歴史教科書だけの知識で台湾人さんと接するのは、
なんとも足りないような気がするんだよねえ。
そういうのを、本という間接的な形で知る事ができるのは、
とてもありがたいというか。もうこの著者はこの世にはいないけど、
「翻訳者を介さず日本語で書いた外国人の本」というのは、
外国人がその人の言葉で伝えてるわけで、すごいことだと思う。

歴史というのは、教科書とかで広く学習することも大事だし、
こういう一人の自伝から学習するのも面白いなあと。
一人の経験は歴史と言う観点では「絶対」ではないけど、
教科書的な学習に比べて、色々と細かくて生々しくて真に迫る。

あともういっこ特筆すべき部分なのですが。
この作者さんの結婚式場所なんですが。
城隍廟の前で結婚式を挙げたそうです!!
七爺八爺が見守る中・・・とか考えただけで
ホアァホアァホアァホアァホアァホアァ(((*゚∀゚*)))

あと、以前「血族」という本を読んだんですが。
その本も、「台湾監獄島」とほぼ同じ時代の話で。
中華圏秘密結社「洪門」の最高幹部の謝将軍への取材を元にした本で。
謝将軍は、蒋介石の元通訳をしていた人なんですが。
同じ時代で、国籍や立場が違う人たちの生き様がわかって
ついでに、そこそこ世界史的な知識も入ってきて、
なんかこう、ホアァ!!ってなる!!(´Д`)

つか謝将軍という名前にホアァ!!!ビーアン(´Д`*)チャウケドナ

つか、義兄弟って色々と切ない!!!(つД`)


話はそれたけど、緑島・・・いってみたいなあ・・・
今は、そういう施設もないのかもしれないけどね。
でも、女一人でいくのはちと怖いので。
だれか一緒に・・・(´∀`;)イコーゼ



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